お洒落との折り合い① -洋服の整理とオークション-

本日はお洒落に関する記事でして、基本的に住まいとか関係ありません。

コーポラという新しい住環境に移ったことを契機として生活をブラッシュアップしようと活動してまして、今までの生活においてそれなりのウェイトを占めたお洒落をどのように整理するのか、そういう私の個人的な課題の話です。

一応、新生活はコーポラの取得から始まってますので、当ブログの記事として関係なくはないと思いまして記事にする次第です。

過去を振り返って思い出に耽ったりとかなり徒然な内容なのでご容赦ください。


-----------------------

以前から記事のそこかしこで、かつてモードアディクトの時期があり、債務超過になる寸前(だったかもしれません)まで注ぎ込んでいた、なんてことを書いてきました。

最近、気になるオブジェ達

本「 Celia Birtwell 」について

Martin Marjeraのライン⑬について

その時期の体験が何だかんだコーポラの家作りに生きていたり、現在の自分を形成しているかけがえのない要素になっています。

でも、住宅ローンを抱えれば一着あたり数十万なんて服が買えるわけがなく、子供ができればハイブランドなんかを着用するシチュエーションもないわけです。

そもそもシチュエーションということで言えば、子供がいなくても関係ないですね。

普通の中流サラリーマンにセレブなパーティーのお誘いが頻繁にあるわけがない。

ハイブランドを着用するシチュエーションが毎日あるわけじゃない、でも好きだから買う、所得的に買えてしまう、そして着る・・・・とうぜんそこにミスマッチが生じます。

数回ばかりNYに行っただけの貧弱な海外体験しかない私が語るのもなんですが、海外の方がしっかりと階層社会になっていて、しかるべき収入の人がしかるべき場所でしかるべきモノを着ている印象がありました。

日本では中流サラリーマンがハイブランドを着ると、人となりが一致せず、GUCCIでコンビニに行くとかシチュエーションも一致せず、服だけが突出してしまって単なるファッションフリークに留まってしまうように感じます。

ライフスタイルと一致しないとで言うのでしょうか。

漠然とですが、そんな印象を持っています。

そんな洋服キチガイとして1990年の後半から10年近く突っ走り、イブサンローランリブゴーシュからDIOR HOMMEにかけてのエディ スリマンとか、GUCCIとイブサンローランを手掛けたトムフォードなどのゴールデンエイジを体験できましたし、一介の平均的な収入のサラリーマンとしてやり尽くした感もあって、自分なりに区切りをつけました。

妻に言わせれば、服が家づくりとかインテリアに置き換わっただけで何にも変わっていない、そうですが。

それは耳が痛いのですが、少なくとも洋服と決別したことを示そうと、整理もせずにコーポラ新居に持ってきてしまい、個室1つを占拠している過去の栄光たち/我が青春の輝きたちをオークションまたは廃棄処分にしました。

廃棄は40リットルのビニール袋にして10袋。

オークションは37件、売り上げは約20万円。

オークションは最も高額だったのが、ドルチェ&ガッパーナの2002年春夏コレクションのクラッシュGジャンでして、約60,000円。




d0162989_11371345.jpg





d0162989_11372567.jpg





丁度、クラッシュジーンズが一世を風靡した時期のモノです。

これを落札された方は、2002年のドルガバを収集されているとのことでした。

いるところにはいますね、熱い方が!

全体を平均すると8,000円前後。

20万円とすると、随分と儲かったじゃないと思われるかもしれませんが、ノンノンノンそうではありません。

元手は数百万円してますから。

オークションにするか廃棄にするか選んでるとですね、メラメラとお洒落魂が再燃します。

こういう新しいコーディネートだったら今の空気とも合って使える!とか、手放すつもりがいつの間にか再活用の検討になっていたり。

心を鬼にしてやりましたが、仏心もチラホラ顔を出してしまい、最終的にはインテリアオブジェとして飾るとか、数少ないお洒落するタイミングに取って置くとか、理由付けをして残すモノも出てきました。

また整理をやらないといけない感じです。
[PR]
←menu